お客様インタビュー

2019

鎌倉市
飯塚様
平塚市
本間様
三浦郡
平尾様

片倉:やっといくらか涼しくなってきましたね。
ご主人:今年暑かったのでずっとよしずをかけてたんですよ、でもニュースで台風の知らせを受けて急いではずしました。
片倉:今回は工事のご依頼ありがとうございました。これまでにおうちのメンテナンスをされたことはございましたか?
ご主人:駐車場の上がデッキだったんです。真上がね。でも木製だから老朽化してしまって、解体しました。
5年くらい前かな。植木を置いておいたので水をあげることもあったので、それで傷んでしまったのもあるかもしれません。以前は母も一緒にここへ住んでましたので沢山植物があったんです。
奥様:ここに越してきてからはもう20年以上経ってます。
ご主人:ここに来る前は向かいにある一軒家を借りて住んでました。当時、息子を交通事故で亡くし、精神的にも少しでも楽になるかと思って。そこには10何年かはいたかな。その時に母親も連れ合いがなくなり一人になったので、一緒に住むような話になりました。当時は母も息子もいたのですが今となっては2人では大きいですね。
片倉:玄関はいってすぐ右手のスペースがとても素敵ですね。
奥様:ホワイエね、あそこはリフォームで少し変えたの。建築する時に設計士さんのイメージもあったんだけど、主人の想いで作った場所なんです。

奥様:わたしここに越してくるときに肺炎になちゃって。引っ越しの当日に入院しちゃったの。
ご主人:そうそう、まだなんの用意もしていなくて、僕が会社から帰ってきたらこのテーブルの上に寝てたんですよ、具合が悪くて。
奥様:おっかないですよ、高さがあるから。(笑)
片倉:工事された時は、どうして弊社を選んでいただいたのですか?
ご主人:もともと天窓の事で、天窓のメーカーに連絡したら、直接工事はしてないから、連絡してくれって言われて紹介されて。
それで息子がインターネットで探してくれて、それでたまたま見つけて成田屋さんをえらんだっていう感じかな。

ご主人:屋根を工事したり修理したりって事はあまりないですよね。
うちは天窓のカーテンが破れていてそんな感じで連絡したのをきっかけに、ドローンで見てもらった時に屋根が飛んでいるのを見つけてもらって。
奥様:天窓なんかよりそっちの方が先じゃないかしら!って。(笑)全然知らなかったから。
そのあとまた台風がきて、それで明日もまたくるでしょ。気づいてもらえて本当によかったと思って。
そう、もともとは天窓の事しか頭になかったから

片倉:最近の台風は強いので少し剥がれてたりなんかするとそこから風がはいりやすくなって飛びやすくなってしまいますからね。
わたしが小さい時の記憶はこんなに頻繁に台風などの災害があったような気がしないんですが、どうなんですかね。

ご主人:単なる平均気温の上昇とか、そういう事が関係して台風も変わってきてるんじゃ、いまおっしゃったように我々が子供の頃もこんなに台風もなかったし、気温もこんなに高くなかったし。今後、それに対する対策が必要になってくるんじゃないんですか。

このお家を建てる時も、設計のひとに「まず、頑丈な家」木造なんだけど、すぐヘたる様な家じゃなくって。住宅展示場にも行った。
だけど、住宅展示場はメーカーがいて、業者がいて、施主がいて、少なくとも2段階にはなりますよね。当然のことながら金額が余計にかかりますね。
住宅展示場で結構しっかりしてるなあなんて思って聞くと「これは展示場用なので特別手を入れてますので坪単価が~円になります」なんて聞くと。
そういうのがあるかたや、輸入の建築で、あるメーカーがあって、そこでたてた家なんかにいくと、玄関あがった時にこの家はしっかりしてるなって思っていいなーって思ったり。

中華料理を10年くらい習ってたんです。



マンションなんかにいくと広ければ広いほど天井の高さが気になりますよね。
あるいは一軒家でも洋風の家具をいれると、テーブルおくと15畳っていっても狭いですよね。日本間の広さでの15畳っていうと広いんだけど。
それがひとつあたまにあったので。
コンセプトのほかに居間は広くとりたいなあと。

奥様:だからここが1番いつも居る所

ご主人:女房の友人がきたりなんかすると、離れた友人だと1階にベッドがあるので、近い友人だと、僕のベッドに女房が寝て、友達を自分のベッドに寝かせて、僕はここ(ソファ)に寝たりなんかっていうこともあるんですよ。(笑)
片倉:よく奥様のご友人はいらっしゃるんですか?
奥様:よくご飯は食べに来ますけど。最近はあんまり包丁を持つのが得意じゃなくなって。中華料理を10年くらい習ってたんです。
中華って細かいんですよ。ネギとか生姜とかにんにくとか、0.03mmくらい。刻むのと擦るのではお味が違うんです。そうなると擦るものより刻みが多いんです。そうすると、それができなくなっちゃって。
だからおうちにきてもらっても「家庭料理でいい?」なんて言っちゃったり。お店にもときどきパーティーできてくれたり。
ご主人:近い人たちはそれを知ってるので、調子をみて、いい時に遊びにくるなんて感じで。今は殆ど自分の方から知らせて遊びに来てもらってるんです。

片倉:中華料理だとお鍋も重いのでたいへんそうですね。
奥様:それがもう重くて。とても、(鍋の)返しができなくなって。うちの換気扇も、普通の換気扇ではなくて、筒の換気扇なんです、それはやっぱり中華をやるためにそういう風につくってくださいってお願いして。
今は普通の換気扇の方がよかったなぁなんて。お掃除がたいへんで。
自分が年とるってことは出来る時って気が付かないじゃないですか。だからお互いに「こんな歳になると思ってた?」なんて(笑)
でもそれはそれで楽しかったんですけどね。だんだんそういう事ができなくなる病気で、私みかけはとても健康そうなんですけどね。出来なくなるっていう事がすごく情けないの。
だから「今日はすごくいい気分だからこれをやっちゃおう!」と思ったら夜中でもお掃除はじめたり。そういう時じゃないとやるときがみつからないのね。だから「何こそこそやってるの?」なんて言われたり。気分が乗らないとね。夜中でもキッチンの下を掃除し始めたり。スイッチがはいっちゃうと。こんないいお天気なんだからやればいいのにー!なんていう時があると気圧の関係だったりで、何もやる気にならなかったり。

片倉:きょう、ご主人に初めてお会いしたんですが、お会いする前から奥様からお話を聞いていると「すごく素敵なご主人なんだろうな」っていうイメージがあって。その時からお会いできたら、おふたりの馴れ初めなんか聞けたらな―と思ってました。よかったら教えてもらえませんか(笑)
ご主人:すいませんねーこんなで(笑)
片倉:いえいえ、想像通りだったんですけど。
ご主人:僕が新宿に住んでいて。彼女は杉並に住んでたんですけど。仕事で有楽町のそごうのアクセサリー売り場に勤めていて。僕がたまたまアルバイトでいったときに行ったときに知り合って。きっかけはそんなでした。僕はまだ学生で。
こういうと手前みそなんですけど、歳とってある程度経済力がついて、あるいは相手の方からもそういう判断ができるようになって結婚するっていうのが理想的な形だとは思うけれど。
夫婦の形そのものは、もちろん出会いがあるわけだからいつっていう事は特定できませんけど、早いうちに経済的な事とか、結婚を前提にするとそういった経済力だとか第一ってしまいますけど。
相手を気に入っているとかそういうものをストレートに感じる年齢でね。知り合うっていうのはいいんじゃないかなと。我々の場合はそういうのがうまくいったんだと思いますけど。ただそれは逆に言うと判断があとから考えれば、経済力とかそういった事とかは考えないで自分の気持ちだけで突っ走るわけだから、決して人に勧める事はできないけど。
だから結局各々のタイプによってだね、僕の場合は周りと比べたら早く結婚した、あるいは結婚したのは20代半ばになってからだけど、中学時代のクラスメイトだったりとか。そういう人ってみんないってるね。たまたまだと思うけど。だから、逆に仕事して30すぎてくらい、要するに結婚に対して、きちんと態勢が整って結婚するって事は形の上では重要ですけど結婚に関していうと気持ちが第一。僕の場合ね。他所の人はどうか知らないけど。そういう判断。よく、相撲とか勝負の世界では結婚は早いほうがいいだとか。ある意味では男っていうのは常に男っていうのは自分が欲しいものとか、いい家を持ちたいとか、いい車を持ちたいとか。僕の年代でいうといい車を持ちたいとかそういうのが男の夢の中にる常にあるんですよね。結婚を決めたのもコレだ!と思ったからっていうのがまず第一ではあるけれど要するに精神的に安定感が得られる。そういう事も結婚を決めたって事に関しては大きかったかな。

一緒にいてだから楽だったからね。若いから苦しい事もありましたけどね。


照れちゃう話かもしれないけど、「いつも一緒にいたい」っていう気持ちがそのままストレートにいくのが「結婚」という形だなって。お前の話ってそういうの聞いたことないけどね?(笑)
片倉:この機会に!
ご主人:歳とったからこういうの平気で言えるようになったのかもしれないけど。
奥様:あの、デートしてるときって会ってる時はいいけど別れがあるじゃない。時間的に。何時から何時までにあって、じゃあ次いつ会う?ってそれからさようならって。「どこにいく?」「何を食べる?」ってそういう無駄な時間がすごく嫌だったの。
居れば一緒にご飯作って食べられるでしょ。お茶も飲めるでしょ。一緒にいられるじゃない。同じ家にいれば、さようならっていう事がないでしょ。だからそういう風にしたかったのかな。それには結婚?3つお姉さんなんですけど、でもそれも上手くいったのね。

経済的な裏付けが無いっていう事で。自分の中で自分に対する自信があっただけで。客観的には何もなかったんですけど、女房は「みかん箱ひとつでもいいから一緒になりたい」って言ったんですよ。そういう点では「わたしは贅沢できなきゃ嫌だとか」そういう事をもし言ったらこういう形にはならなかったかもね。 奥様:学生と勤め人だから。こっちは兄妹が5人でしょ、私ひとりっこなんです。だから家族会議ですよ。なんでそんな学生で?まして一番下の男の子で経済力も無いのに。っていう事で。でもそれを押し切ってみかん箱でもいいから一緒になりたいって。
それでもう56年?7年?
ご主人:いずれにしても向こうのうち(親)は呆れてたのね。うちの母親にそれをぶつけたんですよ。でもうちの母親は「そういう事に関しては全部本人次第の事ですから」っていう考えで。で、向こうはある程度経済力を持つまで経済的なものを支えますっていう答えを聞けるかと思って期待してたんでしょうけど、うちの母親は「結婚っていうのは本人同士の問題ですから」
奥様:最初から裕福っていうもんではなかった。最初わたしたち6畳1間からはじめたんですよ。


歳をとっても手を繋いで歩ける夫婦でいたい

奥様:今って結婚すると親がかりで、「マンションじゃなきゃヤダ」とか。6畳から始めてだんだん、だんだん、理想に近づいていって。だから結婚してから7回目!
ご主人:9回じゃないかな?
奥様:もうなんかどうでもよくなっちゃった(笑)そういう風になるんですよ、年取ると(笑)
なので、いろいろ「あれもほしい」「これもほしい」「だから頑張る!」とかそういうのじゃないんですよ。自然にこういう風になって。ただ、いつも「あなたのそばにいるから」って気分を悪くしないようにとかね。「幸せにするから」とか、ずーっと言っててくれて。いまこどもも大きくなって手が離れちゃったけどいま凄く幸せですよ。すっご幸せ。いまが最高に幸せ。でも若い頃って自分が80近くなるまで生きるってそこまで想像しないじゃないですか?せめて40とかそのくらいでしょ。 でも自分が77過ぎて。よそ様の人も同じ事考えてるのかな?って。みなさんそうおっしゃいますよね。自分が若い頃はこんな歳まで生きると思わなかった。 主人の悪口って他所で言ったことないんですよ。だから平尾さんちは本当に仲良しなのねって。10人中10人が言いますよ。
でも本当に仲良しなんですよ。
ご主人:僕自身が、歳をとっても手をつないで歩けるような夫婦でありたいって若いころから思ってたんですよ。そういう事がすべてかな?だからもちろん喧嘩もあるし、すごいんだよ、くち聞かないし。へそ曲がっちゃって。
奥様:3か月くらいね(笑)


いまでも一緒にお風呂に入ってます

ご主人:そういう意味では並大抵の相手ではなかったかな。今はそんなことないけどね。基本的なところが相手の経済力が気に入ったとか、そういうところじゃなくて。相手を簡単に言えば、気に入るっていうか。そういう風に歩いていきたいって。
奥様:だから、結婚してから今もずっとお風呂に入りますし。
ご主人:そんな事言っていいの?
他所の人に言うと「えー!」って。

奥様:結婚したときからそうね。主人のおうちにお邪魔すると、(結婚が決まってから)「あなたも一緒にお風呂入ってきなさい」ってお義母さんがそういう風に言うの。だから断る理由もないし。いま息子のお嫁さんにも「早く入ってきなさい」って。最初は驚いてたけど今は「はーい」なんて言って。そういうの他所のおうちって「狭いのに嫌だ、お風呂くらいひとりで入りたい」って。
片倉:では、ご主人のご両親もそうだったんですか?
奥様:そうだったわね。
ご主人:僕らがうんとこどもの頃は家に風呂が出来たっていうのは、昭和25,6年。それ以前は銭湯だったね。
奥様:お風呂屋さん。遠足とか運動会が終わった後に、近所の子供たちが揃って銭湯に行って。はいって汗流して。家庭風呂では無かったの。家庭風呂ができたって贅沢よね。薪で燃やして。


ご主人:お風呂屋さんの前に食堂があって。そこでご飯食べたりね、それも楽しみだったね。
ご主人:給料を貰えて懐があったかい時、今思うとえーって思うかもしれないけどイカのてんぷらがごちそうだったしね。
奥様:ファミレスとかそういう時代じゃないから。
小さなお店が固まってね、ケーキ屋さんなんて不二家しかなかったしね、ケーキ屋さんなんて。きょうは給料日だったからふたつねー!なんて言ったり、それが本当に楽しかったの。
神田川の歌詞と同じ世界ね。
片倉:わたしが生まれた時はお風呂が家庭にあるのが当たり前の生活だったので不便な気もしましたがお話を聞いているとそれはそれですごく楽しみだったんじゃないかなと思いました。
奥様:楽しかったわよ。支店長の世代もたぶん知らないんじゃないかな?

ご主人:僕がこどもの頃は、世田谷は田舎でね、環状8号線がない時代。知り合いの畑があったんですけど、そこにいくとドラム缶のお風呂にはいってたの、昭和30年くらいの話で。
奥様:ドラム缶の下のところをくりぬいて、ドラム缶に直に入ると暑いでしょう?だから石かなんか置いてその上にすのこみたいなのを置いて、はいったんですよ。もちろんひとりしか入れないのよ。こどもの頃悪いことをすると、その中に入って石で重石をされて、出られないようにされた覚えがある。
ご主人:いまだとそれはひとつの事件でしょうけど。当時は悪さすると押し入れや物置に閉じ込められられたりっていうのはどこのおうちでもありましたね。当たり前の話でしたね。
奥様:自分の子供を叱れないっていう親の時代ですね、いま本当に悪い子ばっかりいるでしょう(笑)暴力はいけないけど、悪いことしたらいけないって事をおしえないと。うちの息子も当時は毎週校長先生に呼ばれていたの(笑)中学の時にね。そしたらね、主人は普段いなかったもんですから「お前の育て方が悪い」って。

ご主人:中国の人ってあんまり家庭で料理をする事ってないみたいで。ここにくると女房に鍛えられてる。
奥様:すごくお金持ちのうちみたいで。ひとりひとりにお手伝いさんがいて、それでわたしとハグしたのが、生まれて初めてって。親ともハグしたことないって。冷たいものは絶対飲まないんだって。だからビールも常温。お水に氷を入れて飲むのなんてうちの息子がはじめてだったって、それくらい。
片倉:それは中国の習慣なんですか?
ご主人:そうなんだって。
奥様:だからお義母さんが見えたときはぜんぶ火を通したもの。野菜も全部温野菜。だからお刺身とかも抵抗がったみたい。それで、うちの息子が掃除、洗濯、アイロンかけから、針も打ったりとか全部できるんですよ。お嫁さんはそういう事を今までしてなかったので。結婚していろいろそういう事ができるようになったみたい。そしたらお義母さんがきたとき、息子があまりにも動くので、びっくりしちゃって目がまんまるくなっちゃったんですって(笑)
ほかの男の子は分かりませんけどうちではそういうの当たり前だったけど。

ご主人:うちはふたりいて4つ違いだったの。だからちょっと間があったから弟の方はお兄ちゃんにいいように使われてたの(笑)
僕は5人で、上下で16歳くらい違ったね。僕たちの時代は7人8人兄弟があたりまえで。兄妹が大きい方がいろんな意味で常識は育つかもしれないね。
古いminiと古いベンツなんですけど。学生時代、やっぱり男の人が欲しいものっていうと車でね。持てなくても雑誌めくって楽しんだり。僕が最初に買ったのはスカイラインの2000GTで。それからグロリアに乗り換えて、それからクラウンに乗り換えて、クラウンに乗りながらJEEPが欲しくなって。
奥様:そうだ、JEEPもあったはね。それがねすごくお尻が痛いのよ(笑)
ご主人:そしたら日本の車がものすごく高くなっちゃって。こどもの頃からのあこがれだった車に乗り換えようと思って。いままで4ドアの車しか乗ったことなくて。っていうのはこどもが2人いましたからね。だからその時も4ドアの車でみていて。CEの320っていうのがあってね。女房の気に入ってくれて。帰り道に決めてすぐに車屋に電話して。
Miniの方は、高校時代Miniがラリーで連戦連勝してた時代があって。古いMiniの話ですけどね、60年代の中ごろかな?その頃もいいなーと思っていて。急にほしくなって。そしたらたまたまこのデッキをつくってくれたひとからの紹介で手に入れて。JEEPはJEEPでね、それもある日急に欲しくなっちゃって。そういう経緯ですね。

片倉:最後に、お車を見せていただけますか?
ご主人:どうぞ!ぜひ。
片倉:お忙しい中ありがとうございました。
ステキなお話を伺えてお車まで見せて頂きとても楽しい時間でした。